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楽天ブログ SEASON 01


★★★私の半生2★★★

また私が、小学校4年生くらいのころに戻りますが、

その当時、母は昼間は生命保険の外交、

夜はスナックのママとして、

昼も夜も働いていました。

当時は母が最も荒んだ時期でした。



もうその頃は、母が家にいるときは、八つ当たりされないように、

あちこち友人と夜遅くまで遊びまくっていたので、

八つ当たりされることもなくなっていました。

そして、忘れもしない、クリスマスイブのこと。



毎日毎日疲れた顔をしている母を見て、

なんとか元気になってほしいと考えた私は、

母がスナックの仕事へ夜出かけたあと、

手作りでクリスマスツリーを作りました。



母が夜遅くに疲れて帰ってきたとき、玄関にツリーが飾られていたら、

一瞬でも心がほぐれて、笑ってくれるのではないかと、思ったのです。

小学生が考えそうなことです笑。



そのころ、私にとって母は、一般的な母親のイメージはありませんでした。



ただ、

「食事と寝るところを与えてくれる、ヒステリックな暴力おばさん」

というイメージしかなく笑、なんだか他人のようだった。



いつも父へのうらみごとを私たちに呪いの文言のように話し、

「お前たち子供3人のせいで、私の人生はめちゃくちゃだ!!」

と、わめいていました。



私は「それなら施設に預ければいいのに。。。無理しないで。。。」

と思っていました。

そして、母をとても可愛そうな人で、

人として、なんて心がすさんでいるんだろう・・・

その原因はなんなんだろう・・・

そんなことばかりを考えていました。



私自身は、いくら叩かれても、ののしられても、

身に覚えのないことなので、

悲しいというより、その度、とても驚いた、という感覚だったのです。



なぜ母は、自分自身以外の人間に、

こんなにも理不尽なことをできるのかが不思議でした。



それで、少しでも変わってほしいと、クリスマスツリーを作ったのです。

しかし、次の日の朝、目を覚まし、玄関の靴棚の上を見ると、

ツリーがありません。



家中探すと、台所のごみ箱にすててあったのを発見しました。

私はあまり物事に動じない子供だったが、

今までの生涯で、最もショッキングな出来事でした。



そして、こたつの上にそのまま突っ伏くして寝ている母の姿を見て、

なんて悲しい生き物なんだろうと、しみじみと思いました。



そして、これほどまでに人を荒んだ気持ちにさせる、世の中とは、

一体何なのだ。。。

どれだけの闇が世界には拡がっているのかと、

無性に腹が立ちました。



そのときに、初めて私は、

この世界をなんとか変えたいと、真剣に思いました。

丁度10歳の頃のことです。



そして、中学を卒業した私は、

宮崎大宮高校の普通科の受験に失敗し、

浪人生となった時、

高校へはいかず、料理人になろうと想い、

家を出て、すし職人見習いの仕事にありつきました。

一日も早く、自立したかったのです。



家を出たいので、まず職安へ行き、

普通に話しをしても、雇ってもらえないと

思った私は、知恵をしぼって、両親はすでに死んだことにしました笑



そして、一人で生きていかないといけないから、仕事を紹介してください!!

と、ハローワークの人に頼み込んだら、すし貴という店を紹介してくれたのです。



そこへ面接に行くと、でっぷりと貫録のいい社長が面接をしてくれました。

あとから知ったのですが、そこの社長は小学校しか卒業していないらしく、

裸一貫で大きいすし屋を築き上げた、宮崎では有名な人でした。



私は面談で、なぜか気に入られ、

「お前はサスケだ!!」

と、本名とはまったく関係ないあだ名をつけられました笑。



そして、朝6時から夜中の1時まで、ずっと働いて、

月5万くらいの給与だったと思いますが、

それでも寮はついていたし、食事も昼と夜は出たし、

とにかく自立して働いていることが嬉しかったのです。



もちろん仕事は厳しかったですね(*^。^*)

私はよく菜箸で頭をひっぱたかれました笑。

しかし、みんな心が温かい人達ばかりでした。



店長は、「お前はいい料理人になるよ!!」と、いってくださっていました。

とくに社長にはいつももてあそばれていました。こっそり私の後ろに近付いて、

「ワッ!!」と驚かすのが好きでした。



そんな時が半年ほど続いたある日、一本の電話が鳴ります。

店長が電話に出て、とても驚いています。

「おい!!サスケ!!」

「はい!!」

「お前、、、、」

「??」

「死んだ母ちゃんから電話がかかってきてるぞ!!」

「ええっ!!。。。。すみません。。。」

「ちょっとこい」

そういう店長の顔はぜんぜん怒ってなく、おかしくて

笑いをこらえている顔でしたが、私は罪悪感で一杯でした。



「いまからおまえの母ちゃんが話にくるってよ」と店長。

私は客間に正座して待ちながら、うーん、どうしようか。。。

と考えていましたが、何も思い浮かぶはずもありません。



どうも、私が何も言わずにいなくなったので、母は

警察に失踪人届を出したらしいです。

それで、私を知る警察の人が、母に

「すし屋で見つけた!!」

と知らせたようでした。



いったん家へ帰り、母と話をしましたが、

母は自分の子供が中卒になるということが

我慢できなかったらしいのです。

大学とまではいかないまでも、

高校だけは出てくれというので、私は、

「じゃあ、受けるだけは受けるけど、もう受験まで3カ月しかないし、

ずっと勉強もしてないから、受かるとは思えない。そのときは、すし屋へ戻る」

といって、受けたら受かってしまいました笑。

現役では落ちたのに(;一_一)



人生は、ほんとにわからないものです笑。

それで、私は大宮高校へ進学することになったのでした。

それではこの続きはまた!!


 

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